東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)170号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、引用例に記載された技術内容を誤認した結果、本願発明と引用例との対比に当たり、その構成及び作用効果についての認定判断を誤り、ひいて、本願発明は、引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、
成立に争いのない甲第二号証(引用例)によれば、引用例の特許請求の範囲の項には、「泡沫をトンネル切羽前面の地山に附着させると共にこの泡沫を適宜加圧して、切羽地山を押えることを特徴とする加圧により強化した泡沫を利用するトンネル工法」との記載があり、その発明の詳細な説明の項には、「通常用いられている圧気工法では地下水圧以上に圧気しようとしても漏気を起すため、湧水は防止できるが、地山の崩潰は防止できない。又、地下水圧は切羽に対して等分に分布しないため圧気では湧水と漏気を同時に完全に防止することはできない。従つて地山崩潰はジヤツキで、湧水は圧気で防止する如き、通常行われている工法ではトンネル掘さく中の地山崩潰防止並びに湧水と漏気を同時に完全に防止することは不可能であるため、トンネル掘さく作業において、安全と迅速性を欠く欠点がある。」(同号証第一欄第二六行ないし第三七行)旨従来の圧気工法の欠点を指摘した記載に続いて、発明の目的及び右欠点の解決方法に関し、「本発明はトンネル切羽の地山に附着させた泡沫に圧力を加えて、泡沫の内部圧力を増大せしめることにより強化した泡沫を介し、地山土圧に対抗する圧力を作用させ、地山の崩潰を防止することを特徴とするものである。」(同号証第二欄第一行ないし第五行)旨及び「本発明の原理を・・説明すれば・・・地山1に泡沫2を附着させ、隔壁4がない場合、既設のトンネル空間3側から、空気圧力を加える。このとき泡沫は圧縮されて体積を減少するが、このため泡沫内部の圧力が増大して外圧に対する抵抗力が増すので破壊せず従つて泡沫は強化される結果となる。さらにトンネル空間3方向から加わる空気圧力がこの強化された泡沫を介して地山1に作用して地山1の崩潰を防止するものである。又、更に隔壁4を設けることによつて一定容積の空間aを形成し、この空間a内に泡沫を充満し同時に空間a内を圧気すると泡沫は圧縮されて内部圧力を増し強化される。一方空間a内に加えられた空気圧力は地山1に向つて逃げ出そうとし、この空気の流れに乗つて強化された泡沫が移動し、地山1の表面でせき止められて漏気を防ぐと共にこの地山1の表面に附着した泡沫を介して空間a内の空気圧力が地山1に作用し、前記の隔壁4のない場合と同様の効果が得られる。」(同号証第二欄第六行ないし第二五行)旨の記載があり、更に、同号証の第二図の実施例の説明として、「ノズル7から噴出させた泡沫2を空間a内に充満させると共に送気管8より圧力空気を送りこんで空間a内を圧気する。この場合、トンネル底辺の地下水圧に多少(「減少」とあるが、誤記と認められる。)の圧力(約〇・一kg/cm2)加えた圧力で空間aを加圧すると、前記のように泡沫に地下水圧+〇・一kg/cm2程度の空気圧力が加わり、地山1の崩潰が防止されると共に地下の湧水(「湧出」とあるが、誤記と認められる。)は完全に防止でき、又泡沫はそれ自身が漏気を防止する効果があるので、圧気による漏気も起らないのである。泡沫2の一部は地山1に吸収されるが、これによつて地山1の透水係数が減少するので漏水防止に役立つ。又、これは透気係数も減少させる効果があるので、漏気防止にも役立つ。」(同号証第二欄第三〇行ないし第三欄第六行)旨、また、第三図の実施例の説明として、「ノズル7より噴出させた泡沫2を充満させ、次に空気圧縮機6の送気管8によつて空間a内を圧気する。泡沫2は空間a内で強化され、この泡沫を介して空間a内に圧気の圧力を地山1の土圧に対抗せしめて地山の崩潰を防止する。」(同号証第三欄第一八行ないし第二三行)旨の各記載があることを認めることができるところ、同号証によれば、引用例には、掘削によつて生じた土砂に関しては、第三図の実施例の説明中に、わずかに、「掘さくにより生じた土砂は排土装置により排出する」(同号証第三欄第二七、第二八行)との記載があるだけで、掘削によつて生じた土砂を、漏気、漏水及び地山の崩潰を防止するうえで、一定の役割を担うものとして利用する旨の記載やそうした利用方法を示唆する記載は何もないことが認められる。以上認定の事実によれば、引用例には、泡沫生成物質を用いて泡沫を生成し、生成した泡沫に空気圧力を加えてトンネル切羽の地山に附着させるとともにその内部圧力を増大させ、右強化した泡沫を介して空気圧力を地山に作用させて、漏気、湧水及び地山の崩潰を防止するというトンネルの掘削工法だけが記載されているものと認められ、したがつて、引用例には、水と発泡剤を含む混合体と空気と切削した土砂で切羽面を加圧するトンネル掘削工法が記載されている旨の本件審決の認定判断は、引用例に記載された技術内容を誤認したものというほかない。
被告は、周知の事項及び慣用手段を指摘し、これらを勘案すると、引用例記載の発明は、圧気式シールド工法に属さず、泥水シールド工法と同様に、加圧室内の切削土砂は、発泡剤、水、空気と回転するカツタ裏面凹凸で混合されて加圧室の圧力を高め、この混合されたものが切羽面を加圧して、切羽を安定させるようにしたシールド工法であると充分に解することができる旨主張するから、検討するに、前掲甲第二号証によれば、引用例には、泡沫に関して、「掘さく排土による泡沫の消費に対しては泡沫2を常に圧送することによりこれを補い」(同号証第三欄第二八行ないし第四欄第一行)との記載があることが認められ、右記載によれば、引用例記載の発明において、カツターが回転すれば、切羽面に附着した泡沫と切削された土砂とが攪拌されて混合し、そうした状態で排出されるであろうことは、推測するに難くないが、引用例には、前認定のように、掘削によつて生じた土砂に関しては、第三図の実施例の説明中に、わずかに、「掘さくにより生じた土砂は排土装置により排出する」(同号証第三欄第二七行及び第二八行)との記載があるだけで、その排出方法や掘削した土砂を切羽面の加圧に利用する旨の記載は全くないのみか、同号証を精査するも、引用例には、泡沫を掘削した土砂の排出運搬にも利用することができる旨又はこれらを示唆する記載を認めることができず、更に、引用例記載の発明における「泡沫」は、前認定のとおり、あくまでも圧力空気によつて切羽面を加圧する場合の介在物、圧力空気を地山に逃さないためのシール等の機能を果たしているものであるから、結果として、前示のとおり切削した土砂と泡沫が混合することを推認しえないではないが、被告が周知事項及び慣用技術と主張する事項を考慮に入れても、このことから直ちに、引用例に、水と発泡剤を含む混合体と空気と切削した土砂で切羽面を加圧するトンネル掘削工法が記載され、又はこれに関する技術的思想が開示されているものということはできない。被告は、この点について、更に引用例記載の発明においては、泡沫を混合した土砂が切羽面の全面を押しつけるか、あるいは一部を残して押しつけるかは、いずれも土砂と泡沫の混合体で切羽面を加圧していることには変わりがなく、機械式シールド工法において、加圧室内へ切削する土砂の溜まる量を調整することによつて、土砂を充満させることも、充満させずに圧力媒体の部分を残すこともできるものであつて、圧力室を切削した土砂で充満させることは、加圧室内残留土砂の量の調節によつて生ずる事柄にしか過ぎない旨主張するが、前掲甲第二号証によれば引用例には、加圧室内に残留する土砂の量を調整して切羽面の加圧をはかる等被告の右主張を裏付ける記載は全くなく、また、切削した土砂と泡沫の混合したものの一部が、直ちに排出されずに加圧室に留まつていたとしても、右混合したもののみによつて漏気、漏水、地山の崩潰を完全に防止することができないことは引用例の前認定の記載に照らし、明らかである。したがつて、被告の叙上主張は、いずれも採用することができない。
一方、前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第三号証(本願発明の公開特許公報)、第四号証(昭和五五年三月一七日付手続補正書)及び第五号証(昭和五五年八月一一日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、機械式シールド機によるトンネル掘削工法に関する発明であり、従来の泥水式加圧法においては、切削した岩石や土砂をシールド機外の後方坑道に搬出していたが、この加圧水による輸送は効率が悪く、掘削土砂の分離が簡単でないうえ、加圧水が漏洩して十分な加圧ができず、また、加圧水がシールド機後方のテールボイドまで達して、掘進の妨げとなる等幾多の欠点を有していたことから、右問題を解決するため、従来使用されている加圧水に代えて発泡剤と水と空気とからなる混合体を用い、かつ、撹拌翼を有する撹拌装置を設け、右撹拌装置によつて掘削した土砂と混合体とを混合し、土砂を含んだ混合体で切羽面を加圧するようにするという前示本願発明の要旨記載のとおりの構成(本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)を採用することによつて、従来の泥水式加圧法の持つ欠点を除去し、(1)切羽に充填される混合体の比重及び粘度が水より大きく、かつ、泥と泡とで切羽を加圧するから、切羽の安定効果は従来の泥水を使用するものに比較して大きい、(2)切羽を充填する混合体に発泡剤を使用し、気泡を撹拌装置によつて混ぜ込んでいるため、適当な圧縮性があり、圧力変動が緩やかである、(3)土砂を含む混合体が粘性を有するので、切羽地山への逸泥のおそれがない、(4)土砂と共に排出される水の量が、従来の泥水式に比較して非常に少ないため、掘削土砂の分離が簡単になるか、あるいは全く分離の必要がなくなる、(5)特に撹拌装置を設けたので、泥砂と水と泡とが均一に混合されるので、切羽の安定効果や排泥効果が均一化され、効果が向上する、(6)土砂を含む混合体で加圧室が充満されているので、地下水の漏洩がなく掘進がスムーズである等の優れた効果を奏するものと認められる。
叙上認定したところにより、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、シールド機によるトンネルの掘削に際して、漏気、湧水、地山の崩潰を完全に防止し、トンネルの掘さくが安全かつ能率的に行えるようにすることをその目的としている点では同じであるが、切羽面を加圧する主体が異なり、その技術的構成及びその奏する作用効果を異にしていることは明らかであつて、両者に右のような相違がある以上、本願発明をもつて引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとは、到底認めることができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
掘進しようとする切羽面とシールド機のスキンプレートと隔壁とによつて画成された加圧室を備え、その加圧室内において加圧媒体を送り込み、かつ回転するカツタ装置によつて切羽を切削して、その切削された土砂を加圧室に供給した加圧媒体とともに加圧室から排出させる機械式シールド機によるトンネル掘削工法において、加圧室に水と発泡剤と空気とより成る混合体を供給し、その混合体と切削した土砂とを加圧室内に設けた攪拌翼のある攪拌装置で混合し、その土砂を含んだ混合体で切羽面を加圧し、そして余剰の土砂を含んだ混合体を加圧室から排出することを特徴とするトンネル掘削工法。